軍隊に属する楽隊で,士気の鼓舞,軍隊の広報,および国家的行事の儀典用音楽の演奏をおもな目的としており,野外での活動が多いために実用上〈吹奏楽団〉編成が主体となっている。しかし〈管弦楽団〉編成や,吹奏楽と管弦楽など二つ以上の編成を兼ねるもの,あるいはバッグパイプなどのような民俗楽器によるもの,さらに鼓笛隊やビューグル隊bugle bandなどといったさまざまな演奏形態も用いられる。ただし英語のミリタリー・バンドmilitary-bandは〈軍楽隊〉に限らず,広く〈吹奏楽団編成〉の意味に使われることが多い。
軍隊では音楽が,古くから信号や行進に用いられていたが,これは元来宗教的・呪術的な意味が強かったものと思われる。古代において有名なのはローマの軍楽で,戦場や市中の行進に,らっぱ手たちが活躍しローマ軍の威容を誇った。使用された楽器は,直管(トランペット系)と円錐管(ホルン,ホラガイ系)の金管楽器と,各種の打楽器などで,ギリシアでは笛のたぐいも用いられていた。また中国では漢代に〈鼓吹〉〈横吹〉と呼ばれる軍楽があり,それをつかさどる役所として鼓吹署が置かれた。使用された楽器は金,鼓,螺,角のたぐいである。
その後ヨーロッパでは,金管楽器が衰退し,軍楽の中心はドラム隊となり,トランペットやホルンは命令伝達の信号らっぱに使われる程度に限定された。11~13世紀にトルコと戦った十字軍によってもたらされた情報で,各種の打楽器・管楽器を多用するトルコ軍楽への関心が高まり,従来のドラム隊に横笛を加えた〈鼓笛隊〉が設置されたり,クラリネットの前身となったシャルマイが使用されるといった動きが見られる。
1521年に始まるオスマン帝国のヨーロッパ侵攻によって,ヨーロッパ諸国はトルコの〈イエニチェリ〉軍団に席巻され,その軍楽隊〈メヘテルハーネmehterhane〉とその演奏に強烈な印象を受けた。ことにウィーンは1529年と1683年の2回,トルコ軍に包囲され,直接メヘテルハーネを耳にした。1720年にポーランドが27名編成のトルコ軍楽隊を,楽器・演奏者ともに,そのまま輸入したのに続いて,各国も競ってトルコ風軍楽ヤニチャーレンムジークJanitscharenmusik(ヤニチャーレンはイエニチェリの転訛)を採用することとなった。楽器編成はオーボエ系の木管楽器ズルナ(スルナイ)を中心に,ナッカーラ,シンバルや大太鼓,鈴などで,金管楽器類や笛のたぐいが加わる場合もあった。こうしてトルコ軍楽の影響でヨーロッパの軍楽隊の基礎がつくられた。軍楽隊に輸入された楽器は17世紀末から順次オーケストラにも取り入れられた。また行進曲のリズムを模した〈トルコ行進曲〉が数多く作曲されたが,モーツァルト,ベートーベンのものが有名である。
18~19世紀,各国は軍事力の拡張に伴い,軍楽隊はその重要性を増すこととなった。近代軍楽隊の整備に最も熱心だったのは,フリードリヒ2世(大王)のプロイセンで,ウィープレヒトWilhelm Friedrich Wieprecht(1802-72)は軍楽隊長として代表的存在である。また長い歴史をもつ軍楽隊として有名なフランスの〈ギャルド・レピュブリケーヌLa Musique de la Garde Républicaine〉は1848年の二月革命のときにパリ防衛のために組織された国民軍のバンドとして誕生した。
近代国家の形成,軍制の整備に伴い,軍楽隊も拡大と統一がはかられ,管楽器の改良,ピッチや調性の統一,あるいは楽器編成の基準化と定着,さらに広範囲な演奏者の育成につとめ,またその演奏活動を通して音楽の普及に大いに貢献した。〈吹奏楽〉を音楽のなかの一つのジャンルとして確立したことは軍楽隊の功績であるが,一方,民間吹奏楽団の経済的基盤を脅かすこととなり,アメリカ合衆国のように,その活動を純国家的行事と軍隊内とに限定した国以外では,〈吹奏楽=軍楽隊〉となっていった。しかも19世紀中葉から20世紀初頭にかけては,吹奏楽編成ばかりでなく,管弦楽編成の軍楽隊が増加した。オーストリアでは舞踏会場における演奏にまで軍楽隊が進出したものである。オーストリアの軍楽隊出身のバンド・マスターとして,グングルJoseph Gungl(1809-89)やF.レハールがいる。またアメリカで最も大きな活動をした軍楽隊長にJ.P.スーザがいる。しかし第2次世界大戦後は活動の限定などによって以前ほどの勢いはなくなっている。
日本における軍楽隊の歴史は,19世紀中葉から西洋の軍制の採用に伴い鼓笛隊が編成されたことに始まる。最初の近代軍楽隊は,1869年(明治2)薩摩藩が,イギリス海軍軍楽隊長フェントンJohn William Fenton(生没年不詳)の指導を受けて編成した薩摩藩軍楽隊である。1871年に陸・海両軍に軍楽隊が誕生,このとき発足した兵学寮教導隊軍楽隊が,のちの陸軍戸山学校軍楽隊で,演奏活動のほか軍楽教育機関も併せもった。軍楽隊創設の目的は,当初は洋式兵法導入に伴う軍隊行進の伴奏,軍の士気の鼓舞をはかるものであったが,儀式や行事などにおける演奏活動の発展はやがて日本洋楽界の発展に寄与した。1905年に開始された陸・海軍の日比谷公園演奏会の役割は大きい。陸軍軍楽隊長,永井建子(けんし)(1865-1940)は《道は六百八十里》などの作曲家としても有名で,海軍では瀬戸口藤吉(1868-1941)が《軍艦行進曲》など多くの行進曲を残して有名である。1945年終戦とともに両軍楽隊は解散し,現在は陸・海上自衛隊の音楽隊および警視庁音楽隊,東京消防庁音楽隊がある。
執筆者:中山 冨士雄+保柳 健
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陸軍、海軍、空軍、警察などに所属する楽隊。当初は合図や行進など軍の行動のための実用目的から結成されたが、のちに種々の国家的行事などにおける音楽を担当する任務も加わった。起源は古く、ユダヤ教や古代ローマの時代から存在したが、今日の形の軍楽隊の基礎は17世紀にフランスで形成されたもので、オーボエ、ファゴット、ドラムで編成された。プロイセンのフリードリヒ2世(大王)の軍楽隊はクラリネット、ホルンを加え、また1800年ごろには『トルコ行進曲』にみられるようなトルコの軍楽がヨーロッパで流行し、シンバルをはじめとする打楽器が多く加えられた。ナポレオンの軍楽隊は、これらの楽器のほかピッコロ、トロンボーンなどを加え、1845年にはA・サックスの楽器改良を取り入れてサクソフォーンが採用されている。軍楽隊は野外での奏楽が主であるため、音量の乏しい弦楽器や、可搬性のない楽器(ピアノなど)は通常含まれない。
演奏曲目は行進曲や儀式用の音楽が中心であったが、とくにフランスでは軍楽隊出身者がパリ音楽院の教授を務めるなど、技術的洗練と芸術性を探究する土壌を背景に、ベルリオーズらが軍楽隊用の優れた作品を発表した。
現在、フランス陸軍参謀本部付の共和国親衛隊軍楽隊であるギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団が世界的に有名である。またイギリスのように、イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズの軍楽隊があって、各地伝承の民謡をレパートリーに加えて特色があり、バッグパイプ隊を併置しているスコッツ・ガードのような特殊な編成のものもある。
日本には、1853年(嘉永6)アメリカのペリー提督が来日した際、2組の軍楽隊が同行している。幕府および各藩が西洋の軍制を採用するに際し、洋式訓練の一部として鼓隊(こたい)あるいは鼓笛(こてき)隊が編成された。1869年(明治2)には、当時横浜に駐屯していたイギリス海軍歩兵隊第10番大隊付軍楽隊楽長フェントンの指導を受けた薩摩(さつま)藩軍楽隊が編成されている。71年、兵部省が陸軍省と海軍省に分けられるのに伴い、陸・海の両軍楽隊が誕生した。このとき発足した兵学寮教導団軍楽隊が後の陸軍戸山学校軍楽隊である。陸海軍の軍楽隊は数次の戦争や軍縮のつど、組織や人員に増減・変遷はあったが、1945年(昭和20)の軍隊解体まで続く。1905年(明治38)からは演奏会を東京・日比谷(ひびや)公園で開くなど、日本の洋楽普及への貢献は大きいものがあった。
[美山良夫]
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軍隊や艦隊に属して吹奏楽器・打楽器で編成された楽隊。洋式操練に必要であると考えられ,1872年(明治5)におかれた。陸軍でははじめ近衛および各鎮台に1隊ずつおく方針であったが,86年近衛師団に,88年第4師管(大阪)に配属されただけだった。演奏料が安かったので,軍事以外に公共の行事などで活躍することが多かった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…トルコの軍楽はオーボエ系の木管楽器,トランペット系の金管楽器,ティンパニ系の各種打楽器とともに,11~13世紀に十字軍によって,さらに16~17世紀にオスマン・トルコの侵攻によって,ヨーロッパにもたらされた。ヨーロッパでも最初は軍楽隊が主体だったが,楽器が改良され演奏技術も進歩して,16世紀には軍楽以外でも管楽合奏が盛んとなった。ことに野外演奏のほかに,屋内でのターフェルムジークや舞踏音楽,あるいは教会音楽での活躍が目立ち,18世紀後半には管楽合奏の黄金時代を迎える。…
※「軍楽隊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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