永門前村(読み)えいもんぜんむら

日本歴史地名大系 「永門前村」の解説

永門前村
えいもんぜんむら

[現在地名]吉川町楠原くすはら

早田わさだ村の南に位置し、吉川川と奥谷おくだに川の合流点に立地する。南はおき村。慶長国絵図に門前村とみえ、永天えいてん寺の門前村であったと思われる。領主の変遷は延宝七年(一六七九)幕府領となるまでは市野瀬いちのせ村に同じ。享保一五年(一七三〇)大坂城代土岐氏領となるが、寛保二年(一七四二)幕府領となる(享保一九年「土岐頼稔知行目録」土岐家文書など)。宝暦一二年(一七六二)下総古河藩領となって幕末に至る(「寛政重修諸家譜」・旧高旧領取調帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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