永養寺(読み)えいようじ

日本歴史地名大系 「永養寺」の解説

永養寺
えいようじ

[現在地名]下京区恵美須之町

浄土宗。称名山と号し、本尊阿弥陀如来。天正一三年(一五八五)まで現下京区永養寺町にあった。文明一三年(一四八一)観誉によって開基された。永養寺文書には次のようにある。

<資料は省略されています>

元亀元年(一五七〇)に荒廃するが(坊目誌)、天正七年(一五七九)には、織田信長の命を受けた京都代官村井貞勝の再興下知状(永養寺文書)が出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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