…このことについては,年齢関係から音人は親王の孫ではありえないが,親王の実子である音人が大江本主の養子となり,大江氏を名のるようになったのか,あるいは大江氏が家系を尊くするために後世皇胤として造作したものか,いずれとも決めがたい。音人は《貞観格式》《日本文徳天皇実録》の編纂に参与するなど,文人官僚として活躍,大江氏が学問の世界において菅原氏と並ぶ地位を確立するのに大きく寄与して,江家の始祖と称される。ついでその孫の維時(これとき)・朝綱が相並んで活躍した10世紀後半には,道真の失脚によって勢力の後退した菅原氏に代わって儒家の主座の地位を占めるに至った。…
※「江家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...