漢文を日本語の文章構造に従ってよみ下すために,原文の行間や字間につける文字や符号。返点(かえりてん)すなわち,レ(かりがね),一・二・三・四,上・中・下,甲・乙・丙などの符号,およびヲコト点,朱引(しゆびき)などをもちいて,漢字の音読・訓読の区別,字音・訓・よむ順序・句の切り方などを示すもの。傍に片仮名を併用することが多い。奈良時代に訓点はすでに行われたと推測されるが,奈良時代末に訓注を万葉仮名でつけた例が正倉院文書にある。年代の明らかな最古の例は〈成実論(じようじつろん)天長5年点〉で,それ以前のものと推測される〈唐写阿毗達磨(あびだつま)雑集論古点〉〈央掘魔羅経古点〉〈西大寺本金光明最勝王経古点〉などがある。訓点は,講義を聞いて備忘のために記入するものと,教授者が正しい訓法を記録するためにていねいに記入したものとがある。平安時代中期以降,日本的文化の固定期に伝承を尊重する風が興り,訓点も古い訓法を継承するようになり,訓点はきわめて伝統的になって秘密を守る風も生じたらしい。これら古い時代の訓点は,胡粉(ごふん),朱,墨,藍(あい),緑,黄および角筆(かくひつ)(骨の先でこすりつけて書くもの)などで書かれている。
訓点をつけた言語は,原文が漢文であり,語序が日本語と相違し,語彙(ごい)も日本語にないものが多く,音韻も中国語の音韻組織は日本語より複雑なので,種々の特徴があり,日本語の文章史上特異な位置を占め,他の記録文や,文学作品に大きい影響を与えた。また訓点の言語は多く男性・学者・僧侶がこれを読み,学んだので男性語的なものとして受け取られ,中国尊重の一般的気風にささえられて,学者語としての性格もにない,一般の日常会話語とはかけ離れた一つの特質を保っていた。訓点語にしか使わない特有の語彙があり,訓点語独特の語法としては敬語が簡単で,情緒的な語彙にとぼしく,推量などの助動詞の用法が素朴である。しかしこれは,日本語の文章語として最も早く現れたものであるから,この文体を見習っておよばなかったところに,いわゆる変体漢文,日記体,記録体の文章が現れた。日本最初の平仮名の日記文学《土佐日記》には,訓点語的なスタイルが見え,《古今和歌集》の仮名の序や,物語の最初という《竹取物語》の文体も,訓点語の形式にならったところが少なくない。《今昔物語集》や《打聞集(うちぎきしゆう)》の文章も訓点語の影響は顕著で,鎌倉時代に現れた軍記物語の文体も,訓点語と,女流物語文体との混合の上に成立している。訓点語は,法語や和讃などにまで大きい影響を与えた。江戸時代にはいって,佐藤一斎などが,訓点の法を改めようと試みたりしたが,訓点語の大体は平安時代中期に確立して以来,根本には変化なく伝えられ,日本の文章史上大きい勢力を保っていた。
→仮名
執筆者:大野 晋
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