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江森月居 えもり げっきょ

美術人名辞典の解説

江森月居

江戸中・後期の俳人。京都生。名は師心、号は竹巣・些居・住地庵・桂川等。国学は荒木田久老村田春門に学び、俳諧は与謝蕪村門の高弟で高井几董と共に蕪村門の双璧と称された。寛政二年(1790)二条家雪月花の会に加藤暁台井上士朗と共に銅駝御殿に召され、百韻の連句を興行した一人。東の道彦・中京の士朗と共に時の三大家と称された。著書に『夜あかし』がある。文政7年(1824)歿、69才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

江森月居 えもり-げっきょ

1756-1824 江戸時代中期-後期の俳人。
宝暦6年生まれ。安永の初め与謝蕪村(よさ-ぶそん)門下となり,同派句集続明烏」で注目をあつめる。高井几董(きとう)とならび称され,蕪村没後は関西で勢力をきずいた。作品は「月居七部集」におさめられている。文政7年9月15日死去。69歳。京都出身。別号に三菓園,三巣園,些庵,竹巣など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

江森月居

没年:文政7.9.15(1824.11.5)
生年:宝暦6(1756)
江戸中期の俳人。別号は竹巣など。20歳ごろ与謝蕪村に入門し,早くからその才能が認められた。しかし才人にありがちな放縦な一面があったらしく,松岡士川宛の手紙で蕪村は「(吉分)大魯,月居のごとき無頼者」と記している。蕪村死後は自派の勢力の拡大に努め,寛政2(1790)年には二条家俳諧宗匠の朱印免状を与えられているが,この免状を得るために二条家に金30両を納めたという。晩年は関西を代表する俳壇の大家と目されたが,作品は精彩を失った。<参考文献>大谷篤蔵『俳林間歩』

(田中善信)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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