明烏(読み)あけがらす

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明烏
あけがらす

三味線音楽,舞踊劇の曲名。新吉原の遊女三芳野と江戸の町人伊之助の心中を脚色。
(1) 新内節端物『明烏夢泡雪 (ゆめのあわゆき) 』の通称。安永年間,1世鶴賀若狭掾の作。
(2) 清元節『明烏花濡衣 (はなのぬれぎぬ) 』の略称。 (1) の舞踊劇化。3世桜田治助作詞,清元太兵衛 (2世清元延寿太夫の後名) 作曲 (一説に清元千蔵とも) 。嘉永4 (1851) 年江戸市村座初演。
(3) 新内節端物『明後正夢 (のちのまさゆめ) 』。安政4 (1857) 年1世富士松魯中作。 (1) の後編ともいえ,通称『正夢』あるいは『浦里時次郎道行』。

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百科事典マイペディアの解説

明烏【あけがらす】

新内節の曲名。本名題明烏夢泡雪(ゆめのあわゆき)》。1772年初世鶴賀若狭掾作詞・作曲。遊女浦里と金に詰まって死を覚悟した時次郎の悲恋を描いたもの。明烏といえば普通これをさす。その続編は本名題《明烏后真夢(のちのまさゆめ)》。富士松魯中作曲。なお清元節にも《明烏花濡衣(はなのぬれぎぬ)》がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

あけがらす【明烏】

(1)歌舞伎舞踊。新内と清元が有名。1772年(安永1)初世鶴賀若狭掾が作曲した《明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)》が新内の名曲として流布し,1851年(嘉永4)2月江戸市村座の《仮名手本忠臣蔵》8段目の裏に,清元に移した《明烏花濡衣》として舞台に上り,同年3月大坂筑後の芝居(大西の芝居)で新内で演じられた。以後53年大坂浜の操り芝居で義太夫《明烏雪の曙》,のちの《明烏六花曙》になり,新内《明烏后真夢(のちのまさゆめ)》,常磐津《夢泡雪》,同名異曲《新明烏》が作られた。

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世界大百科事典内の明烏の言及

【真夢】より

…新内節の曲名。本名題《明烏後真夢(あけがらすのちのまさゆめ)》。〈正夢〉とも書く。…

※「明烏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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