コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

高井几董 たかい きとう

7件 の用語解説(高井几董の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

高井几董

江戸中期の俳人。京都生。俳人高井几圭の次男。幼名は小八郎、初号は雷夫、別号に晋明・高子舎・春夜楼・塩山亭、僧号に詐善居士。父に俳諧を学んだ後、与謝蕪村に入門に、夜半亭三世を襲名した。また榎本其角に私淑し、大島蓼太久村暁台らと親交を結んだ。編著に『其雪影』『明がらす』等。寛政元年(1789)歿、49才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

たかい‐きとう〔たかゐ‐〕【高井几董】

[1741~1789]江戸中期の俳人。京都の人。名は小八郎。別号、晋明・春夜楼など。与謝蕪村(よさぶそん)の高弟で、のち夜半亭3世を継いだ。編著「其雪影」「あけ烏(がらす)」、句集「井華(せいか)集」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高井几董 たかい-きとう

1741-1789 江戸時代中期の俳人。
寛保(かんぽう)元年生まれ。高井几圭(きけい)の次男。父にまなび,明和7年与謝蕪村(よさ-ぶそん)の門にはいる。師風に忠実で,蕪村派のほとんどの撰集を編集した。蕪村没後3代夜半亭をつぐ。寛政元年10月23日死去。49歳。京都出身。初号は雷夫。別号に塩山亭,高子舎,春夜楼,晋明など。編著に「其雪影」「あけ烏」「蕪村句集」など。
【格言など】酔ふて寝た日のかずかずや古暦(「あけ烏」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高井几董

没年:寛政1.10.23(1789.12.9)
生年:寛保1(1741)
江戸中期の俳人。幼名は小八郎。別号は晋明,高子舎,春夜楼,春秋庵,三世夜半亭など。京都の人。父几圭の導きにより俳諧に指を染める。20歳のときに父を失い,30歳で与謝蕪村に入門。蕪村は,師早野巴人の夜半亭を継承するに際し,巴人門の先輩几圭の遺子几董に,いずれ夜半亭号を譲渡するつもりであった。以後,蕪村を補佐して中興期俳諧の絶頂期現出に貢献。ことに『あけ烏』『続明烏』『もゝすもゝ』などの書は,その実力を十分に示す。蕪村没後,天明4(1784)年追悼集『から檜葉』を手向け,『蕪村句集』を編んだ。ほかにも著書は多いが,蕪村入門当初から終生記録しつづけた『几董句稿』は,夜半亭一門の動静を伝えて貴重である。<参考文献>池上義雄「几董研究」(『国語と国文学』1937年5月号),秋岡美智子「几董年譜」(『連歌俳諧研究』1957年3月号),尾形仂『几董句稿』下

(楠元六男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

たかいきとう【高井几董】

1741~1789) 江戸中期の俳人。別号、晋明・春夜楼など。京都の人。蕪村門の中心的人物として活躍、のち三世夜半亭を継ぐ。編著「あけ烏」「井華せいか集」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高井几董
たかいきとう

[生]寛保1(1741).京都
[没]寛政1(1789).10.23. 伊丹
江戸時代中期の俳人。幼名,小八郎。別号,雷夫,晋明,塩山亭,高子舎,春夜楼,春秋庵,夜半亭 (3世) 。法名,詐善居士。父几圭に俳諧を学び,明和7 (1770) 年 30歳で与謝蕪村に入門,一門の重鎮として活躍。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高井几董
たかいきとう

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の高井几董の言及

【几董】より

…江戸中期の俳人。姓は高井,幼名は小八郎,別号は晋明,高子舎,春夜楼,3世夜半亭など。京都の人。俳諧ははじめ父几圭に学んだが,その時期の作品は少ない。几圭没後の1770年(明和7),蕪村の夜半亭2世継承(1世夜半亭は巴人(はじん))とともに蕪村の門に入り,頭角をあらわした。72年(安永1),父几圭の十三回忌追善の意味をもつ処女撰集《其雪影》を刊行して世に認められ,翌年はじめて歳旦帳《初懐紙(はつかいし)》を刊行し,自分の結社である春夜楼の存在を世に示した。…

※「高井几董」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

高井几董の関連キーワード飯島珈凉舎羅建部凌岱徳力善水半時庵淡々陸雲子岱久几董笠井魚路祇尹田中小八

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone

高井几董の関連情報