江部乙町(読み)えべおつちよう

日本歴史地名大系 「江部乙町」の解説

江部乙町
えべおつちよう

昭和二七年(一九五二)五月から同四六年まで存続した空知郡の自治体名。江部乙村が町制を施行して成立。東部の丘陵地帯には果樹園が広がり、最盛期の昭和四〇年代には約六三〇ヘクタールの林檎栽培が行われた。西部は石狩川流域の低地帯で水田が広がる。水田面積は昭和四〇年代に二二〇〇ヘクタールに広がった。昭和二七年の戸口は一千六三七世帯・九千五三五人(滝川市の統計)。翌二八年滝川町と一部境界を変更した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む