20世紀日本人名事典 「池内たけし」の解説 池内 たけしイケノウチ タケシ 大正・昭和期の俳人 生年明治22(1889)年1月21日 没年昭和49(1974)年12月25日 出生地愛媛県松山市 本名池内 洸(イケノウチ タケシ) 学歴〔年〕東洋協会専門学校(現・拓殖大)中退 経歴東洋協会専門学校を中退して宝生流の門に入り、能楽師を志したがそれを断念し、叔父高浜虚子に就いて俳句を志す。「ホトトギス」の編集にたずさわり、昭和7年「欅」を創刊し、8年「たけし句集」を刊行、以後「赤のまんま」「玉葛」「春霞」「その後」「散紅葉」などの句集や随筆集「叔父虚子」などを刊行した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「池内たけし」の解説 池内たけし いけのうち-たけし 1889-1974 大正-昭和時代の俳人。明治22年1月21日生まれ。高浜虚子の甥(おい)。はじめ宝生流の能楽師をこころざし,のち虚子にまなぶ。「ホトトギス」の編集をへて,昭和7年から「欅(けやき)」を主宰。昭和49年12月25日死去。85歳。愛媛県出身。東洋協会専門学校(現拓殖大)中退。本名は洸(たけし)。句集に「たけし句集」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by