池田内閣(読み)いけだないかく(英語表記)Ikeda Administration

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「池田内閣」の解説

池田内閣
いけだないかく
Ikeda Administration

池田勇人は,改定日米安保条約の国会批准を待って退陣した岸信介首相の跡を襲い 1960年7月 19日に首相に就任した。安保条約をめぐる保革激突に対する反省から,池田内閣は「寛容と忍耐」をスローガン野党との宥和に努め,イデオロギー中心の政治よりも経済を重視する政治を行なった。折から日本経済は高度成長時代に入りつつあったが,池田内閣はこれに着目して GNPを 10年で倍増させる国民所得倍増計画を 60年 12月に策定した。これに対応して 62年 10月には全国総合開発計画を決定し,新産業都市建設促進法とともに重化学工業中心の地域発展を進めつつ,農業基本法を策定,工業と釣り合いのとれた農業の展開を目指した。また日本経済の国際化・自由化にも努め,貿易と為替の自由化を推進し 64年4月に日本は IMF8条国に移行すると同時に OECDに加盟した。 64年7月の自民党総裁選挙で池田は3選されたが,病気のために同年 11月9日に内閣は総辞職した。

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