沢村氏館跡(読み)さわむらしやかたあと

日本歴史地名大系 「沢村氏館跡」の解説

沢村氏館跡
さわむらしやかたあと

[現在地名]伊賀町川東

川東かわひがし集落のやや南部に位置し、現在沢村家宅である。東西六〇メートル、南北七〇メートル、四方に高さ約四メートルの土塁をめぐらしている。とくに北側は二重になっており、その間は堀で今も水をたたえている。江戸時代沢村氏は伊賀者を勤めた。寛永一三年(一六三六)の伊賀付差出帳(上野市沖森直三郎氏蔵)に「沢村三九郎十八石四人扶地」、「宗国史」功臣年表の同年条に「沢村三九郎十五石三口」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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