河内町村(読み)かわちまちむら

日本歴史地名大系 「河内町村」の解説

河内町村
かわちまちむら

[現在地名]諫早市川内町かわちまち

長野ながの村の北に位置し、北西部で半造はんぞう川が本明ほんみよう川に合流し、有明海に臨む。古代の条里遺構がみられ、それより低地堀町ほりまち新替・温泉給おんせんきゆう新替・西福さいふく新替・福地ふくじ新替などの中世の干拓と考えられる地名がある。また天正年間(一五七三―九二)西郷氏の家臣山崎丹後守素繁の子の教清が諫早領主の龍造寺家晴の援助を受けて干拓した地ともいう。教清は近世干拓の祖と仰がれ、天正年間山崎教清位河内町村開祖碑が建立され、毎年二月一五日に祭祀を行っている。

近世は諫早郷に属し、肥前佐賀藩親類同格の諫早家領。正保国絵図に河内町村とあり、高一九〇石余。玄梁院代配分村付帳では地米高二三四石余(大小配分石高帳でも同高)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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