河内谷村(読み)かわうちだにむら

日本歴史地名大系 「河内谷村」の解説

河内谷村
かわうちだにむら

[現在地名]美山町大字河内谷

知井ちい一二ヵ村の一。由良川の支流河内谷川に沿う山間集落。北へ河内谷川を下ると由良川との合流点になか村があるが、四方山に囲まれる。古代は「和名抄」に記す弓削ゆげ郷に属し、鎌倉時代以降は知井庄の地。

慶長七年(一六〇二)幕府領、寛文四年(一六六四)より篠山藩領となるが、山林は享和二年(一八〇二)より禁裏御料となり京都代官の支配を受けた。元禄一三年(一七〇〇)丹波国郷帳、天保郷帳に村名の記載なく、中村に含まれていたと考えられる。しかし江戸末期には独立村となったらしく、旧高旧領取調帳によれば、高九九・三九四石となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む