河村関所跡(読み)かわむらせきしよあと

日本歴史地名大系 「河村関所跡」の解説

河村関所跡
かわむらせきしよあと

[現在地名]山北町山北

小田原藩支配の六関の一つ、小田原城下より四里、奥山家(おくやまが)から駿河国へ通じる河村関所道(奥山家道)の川村山北(かわむらやまきた)の西に設置されていた。

延享三年(一七四六)の諸関所覚(県史九)によれば、谷(や)ヶや仙石原(せんごくはら)(現足柄下郡箱根町)とともに駿府への抜道にかかる関所として同一に扱われ、「他国之者一切相通不申候場所ニ而御座候故、高札之写も相建不申候、(中略)他国之女之儀不相通、尤領分之女は加賀守家老之判鑑ニ而相通候由」とあり、夜中の通行と武具・鉄砲・弓はいっさい禁じられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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