河渓村(読み)かわたにむら

日本歴史地名大系 「河渓村」の解説

河渓村
かわたにむら

[現在地名]会津若松市東山町(ひがしやままち)湯川(ゆがわ)

湯川上流域にあり、吹矢(ふきや)山と前(まえ)山に挟まれた谷にあり、村名もこれに由来するという。北は湯本(ゆもと)村、南東上流は大巣子(おおすご)村。川谷・川渓・河谷とも記される。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に川谷とあり、高三五石余。南青木組に属し、文化一五年(一八一八)の村日記では高一三五石余。化政期の家数一三(新編会津風土記)。明治四年(一八七一)の家数一四・人数七四(人員録)。同八年大巣子村・酸漿(ほおずき)村・一渡戸(いちのわたど)村・二幣地(にへいじ)村と合併して湯川村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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