河西郷・岩村郷(読み)かわにしごう・いわむらごう

日本歴史地名大系 「河西郷・岩村郷」の解説

河西郷・岩村郷
かわにしごう・いわむらごう

南北朝期よりみえる郷名で、郷内に岩村または岩村郷を含むことから、現岐阜市山県岩やまがたいわ付近一帯に比定されよう。郷名は南流する武儀むぎ川の西岸にあることによるか。永和元年(一三七五)一一月一五日の沙弥祐康寺領寄進状(大興寺文書)に「美濃国春近内山県河西郷」とあり、守護土岐頼康の弟頼雄が大興だいこう(現揖斐郡揖斐川町)に寄進した所領の一つとして記されている。長禄四年(一四六〇)一一月八日の中西八郎売券(汾陽寺文書)に岩村の名がみえ、岩村の若宮八幡修理田六段を汾陽ふんよう(現武儀郡武芸川町)に売却している。明応八年(一四九九)と推定される七月一〇日の鷲見直重書状(汾陽寺文書)には岩村郷とあり、同書状などによれば、この頃、汾陽寺が所有する若宮八幡宮修理田の年貢をめぐって同寺と若宮八幡の禰宜が争っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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