河野杏庵(読み)こうの きょうあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河野杏庵」の解説

河野杏庵 こうの-きょうあん

1794-1849 江戸時代後期の医師。
寛政6年生まれ。陸奥(むつ)仙台藩医河野緝庵(しゅうあん)の養子となり,医学のかたわら,尾藤二洲(びとう-じしゅう)らに儒学をまなぶ。天保(てんぽう)4年(1833)仙台藩医学館学頭。藩主伊達斉邦(なりくに)の侍医をかねた。嘉永(かえい)2年9月30日死去。56歳。陸奥仙台出身。本姓竹中。名は公奕。字(あざな)は廷挙。号は槐蔭,東里。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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