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油屋熊八

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

油屋熊八

愛媛県出身。米相場で大もうけしたり無一文になったりした末、米国へ。洗礼を受けて帰国後、「旅人をねんごろにせよ」との聖句の実現を志し、1911(明治44)年に亀の井旅館を別府で開業した。1928(昭和3)年にバス事業に進出すると、温泉地獄めぐりで、国内初の女性バスガイドによる案内つき遊覧バスの運行を開始。「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」という有名なキャッチコピーを考えたのも熊八で、これを刻んだ標柱富士山頂に仲間と立てた。JR別府駅前には両手を上げた笑顔の像が置かれている。

(2016-05-29 朝日新聞 朝刊 大分全県・1地方)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

油屋熊八 あぶらや-くまはち

1863-1935 明治-昭和時代前期の実業家。
文久3年7月16日生まれ。明治43年郷里の愛媛県宇和島より大分県別府にうつり,亀の井旅館をいとなむ。少女車掌を乗務させる観光バスの経営,九州横断道路建設の提唱など,別府とその周辺地域の総合的な観光開発につくした。昭和10年3月27日死去。73歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

油屋熊八

没年:昭和10.3.27(1935)
生年:文久3.7.16(1863.8.29)
大正昭和期の実業家。九州別府温泉観光開発の先覚者。伊予国(愛媛県)宇和島城下の米問屋油屋正輔の長男。米問屋の経営,町議会議員などを経て,大阪堂島の相場師となるも挫折し,渡米。帰国後は「聖書を読む相場師」となったが,見切りをつけ別府の人となり,亀の井旅館を経営。大正13(1924)年法人組織の亀の井ホテルに発展させ,斬新なホテル経営を展開した。いわゆる地獄めぐりに初めて女性バスガイドを乗せた大型バスを導入し,定期乗合遊覧バス事業を開始し人気を博す。さらに別府とその周辺地域の総合的な観光開発をはかり広域観光の先駆者となる。大分,熊本,長崎を結ぶ今日の「九州横断道路」の建設をすでに昭和3(1928)年に提唱していたことは注目すべきである。<参考文献>志多摩一夫『別府観光開発の偉人 油屋熊八伝』,薬師寺知隴『油屋熊八翁略歴』

(天野雅敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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