沼之上村(読み)ぬまのうえむら

日本歴史地名大系 「沼之上村」の解説

沼之上村
ぬまのうえむら

[現在地名]玉村町五料ごりよう

東は利根川を境にしば町・戸屋塚とやづか(現伊勢崎市)、南はからす川を挟んで武蔵国賀美かみ八町河原はつちようがわら(現埼玉県児玉郡上里町)、ともに渡船で結ばれる。西は飯倉いいぐら村、北は小泉こいずみ村。北部を日光例幣使街道が東西に貫き五料宿が置かれ、五料関・五料渡を経て柴宿に至る。天正九年(一五八一)二月四日武田家定書(高山吉重氏所蔵文書)で「沼上之内高山分」五〇貫文が那波氏に与えられている。天正一〇年の北条家伝馬掟書(堀口文書)には、倉賀野伝馬の東は沼之上とあり、戦国末期にはすでに交通の要地であったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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