法全寺村(読み)ほうせんじむら

日本歴史地名大系 「法全寺村」の解説

法全寺村
ほうせんじむら

[現在地名]飯田市法全寺

現飯田市の南東部、伊那山脈西麓の山間に位置。天正一九年(一五九一)の信州伊奈青表紙之縄帳では「法専寺」の字があてられ、正保四年(一六四七)の信濃国絵図高辻では「法泉寺」と記されている。

古代伴野ともの郷、後に伴野庄南山みなみやま郷に属し、知久氏の支配下にあった。近世は慶長六年(一六〇一)より幕府領であったが、元和五年(一六一九)旗本井上氏の所領となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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