法末村(読み)ほうすえむら

日本歴史地名大系 「法末村」の解説

法末村
ほうすえむら

[現在地名]小国町法末

小国沢おぐにさわ村の南東方山間に孤立した村。東の道見どうけん峠越で吉谷よしだに(現小千谷市)を経て小千谷おぢやへ通じる。小国東組に属する。口碑では永正七年(一五一〇)当地大橋マキの先祖大橋宗顕の開発という。近世初めは高田藩領、天和元年(一六八一)から幕府領、文久二年(一八六二)長岡藩領。正保国絵図に高三五石余。天和三年の検地帳(法末区有文書)では田七町九反余・畑屋敷七町八反余・山一八町九反余・青苧畑一反余。屋敷二七筆のうち欠落百姓五人がいる。耕地には地字小千谷道・とうけの下の地名がみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 改称 サワ 開山

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む