波分村(読み)はぶむら

日本歴史地名大系 「波分村」の解説

波分村
はぶむら

[現在地名]岩出町波分

金池かないけ村の東にあり、北は奥安上谷おくあんじようだに村。村の北西端を住吉すみよし川が南西に流れる。「続風土記」は「昔は土生と書す、名義ハ土生埴生なと書くを正字とす」と記す。中世山崎やまさき庄に含まれたと思われる。「結網集」は根来ねごろ寺中性院の開祖頼瑜について「紀州那賀郡人、世系ハ源姓土生川氏」と記し、嘉禄二年(一二二六)生れとするが、この土生川氏は当村土生川左衛門大夫家であるという(続風土記)

慶長検地高目録によれば村高三五〇石余、小物成七升。山崎組に属し、「続風土記」によると家数一二、人数四八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む