…曹洞宗の開祖道元は叡山の迫害をのがれて1243年(寛元1)京都から越前志比荘に下向した。これは集団で入門した越前波着(はじやく)寺の懐鑑(えかん)や道元に学んだ徹通義介ら越前と関係の深い人々の勧めに負うところが大きいと考えられるが,やはり志比荘の地頭波多野義重の勧誘も動機の一つであろう。初め志比荘に大仏寺を建立,46年これを永平寺と改称した。…
…そのうえ,43年(寛元1)3月,深草の興聖寺教団に近い月輪山荘に,弁円が藤原一門の絶大な庇護を受けて東福寺を建立し,天台,真言,臨済の3宗を併置したので,東福寺の教団からも大きな脅威を受けるに至った。このため,同年7月,道元は門下に集団加入した越前波著寺系の大恵派の人々の働きかけと,俗弟子の波多野義重の招きを受けて,その所領である越前志比庄に下り,翌年大仏寺を開いた。 1246年(寛元4)6月,大仏寺を永平寺と改め,法名をみずから道元から希玄に改めた。…
…中世の武将,丹波の土豪。古くは越前の土豪で,道元の檀越となった波多野義重が知られる。一族は鎌倉後期六波羅探題の在京御家人,次いで室町幕府の評定衆となった。…
※「波多野義重」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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