波敷野村(読み)はじきのむら

日本歴史地名大系 「波敷野村」の解説

波敷野村
はじきのむら

[現在地名]阿山町波敷野

石川いしかわ村の南、馬場ばば村の西に位置する。現上野市に接する当村の西南部上大沢かみおおざわには波敷野古墳群、それに続く又木谷またぎだにに一号―一二号の横穴式古墳群が密集する。

元禄四年(一六九一)新検を改めている。本高三四三・二石、平高三五一・五一九石。寛延(一七四八―五一)頃の戸数七四、人口三四〇、馬一七、牛七。社寺天津社あまつしや明神来迎らいごう寺とある(宗国史)。天津社明神は中央部南の向山むかいやまにあり、明治四一年(一九〇八)馬場の陽夫多やぶた神社に合祀

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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