泰仙寺村(読み)たいせんじむら

日本歴史地名大系 「泰仙寺村」の解説

泰仙寺村
たいせんじむら

[現在地名]瀬高町泰仙寺

浜田はまだ村の西方矢部やべ川と飯江はえ川の合流地点北側の矢部川左岸沿いにある。北は東津留ひがしづる村。村名は村内にある真宗大谷派泰仙寺に由来する。慶長五年(一六〇〇)から元和元年(一六一五)の間を描いたとみられる鷹尾城付近の図(佐賀県伊万里市親種寺蔵)には鷹尾たかお城内に「太せんし」とみえる。また天文一六年(一五四七)一〇月二六日から同一七年五月八日までの田尻親種豊後府内参府日記(田尻家文書/佐賀県史料集成七)には領内から徴発された馬人足のうちに「馬二疋 泰世寺」とみえ、これも泰仙寺であろうか。寛永一五年(一六三八)の矢部川掘替普請前は矢部川の右岸にあって鷹尾村(現大和町)の一部であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む