洞川村(読み)どろがわむら

日本歴史地名大系 「洞川村」の解説

洞川村
どろがわむら

[現在地名]天川村大字洞川

てんノ川の支流山上さんじよう川流域に立地、女人禁制の修験道の根本道場山上ヶ岳への登山口として古くから知られる。洞川は瀞川の義か。泥川村とも書かれた(寛永郷帳)。天川郷のうち。慶長郷帳では村高六〇・六五石、幕府領(代官大久保長安)延宝検地により一二七・二二石と村高は倍増した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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