津母村(読み)つもむら

日本歴史地名大系 「津母村」の解説

津母村
つもむら

[現在地名]伊根町字津母

とまり村の北に位置し、東は海に面する。村は漁業をもっぱらとした。慶長検地郷村帳に三三・六三石「津母村」とみえるが、延宝九年(一六八一)の延高で四三石余となった(天和元年宮津領村高帳)。宮津藩領であったが、寛文六年(一六六六)幕府領、同九年宮津藩領、延宝八年幕府領、翌年宮津藩領、享保二年(一七一七)幕府領と変遷

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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