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津田三蔵 つだ さんぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津田三蔵 つだ-さんぞう

1855*-1891 明治時代の巡査。
安政元年12月29日生まれ。西南戦争後,三重県巡査をへて滋賀県巡査となる。明治24年5月11日大津で警護中のロシア皇太子(のちのニコライ2世)にきりつける(大津事件)。無期徒刑の判決をうけ,同年9月30日釧路(くしろ)で獄死した。38歳。江戸出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

津田三蔵

没年:明治24.9.30(1891)
生年:安政1.12.29(1855.2.15)
明治時代の巡査,大津事件の犯人。江戸下谷生まれ。生家は津藩(三重県)藤堂家に仕えた医者。明治3(1870)年に上京し,軍隊に入営。西南戦争(1877)に出陣。同15年除隊。三重県巡査となるが,同僚を殴打して免職になり,同18年滋賀県巡査奉職。同21年速水警察署に勤務したが,その後,守山警察署に転じた。同24年来日中のロシア皇太子ニコラス・アレクサンドロビッチ(のちのニコライ2世)ロシア皇太子の警護を命じられる。5月11日沿道の護衛に立ったが,ロシア皇太子が滋賀県庁を出て5町(約550m)ほど進んだとき,突然抜剣して頭部めがけて切りつけ,車夫に取り押さえられた。犯行の動機は,来日が侵略を意図したものと妄信したためという。裁判で無期徒刑を宣告され,北海道釧路集治監に収容されたが,肺炎を起こして死亡した。<参考文献>児島惟謙『大津事件日誌』,尾佐竹猛『大津事件』

(関井光男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の津田三蔵の言及

【大津事件】より

…湖南事件ともいう。ウラジオストクのシベリア鉄道起工式に出席する途中,軍艦7隻で日本に東遊したロシア皇太子ニコライ(のちの皇帝ニコライ2世)は琵琶湖遊覧の帰途,大津町(現,大津市)で警衛中の滋賀県巡査津田三蔵に斬りつけられ頭部に負傷した。津田はロシア皇太子来日を日本侵略の準備とする風説を妄信し犯行におよんだものであるが,政府が配置した警察官が国賓の殺害を企てたことは,政府の大失態であり,日本の朝野はパニック状態におちいった。…

※「津田三蔵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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