津軽坂村(読み)つがるさかむら

日本歴史地名大系 「津軽坂村」の解説

津軽坂村
つがるさかむら

[現在地名]青森市鶴ヶ坂つるがさか

東は鷹森たかもり山で岩渡いわわたり村、南は孫内まごない村、西は前田野目まえたのめ(現五所川原市)、北は戸門とかど村に接する。

広い山林原野をもつため藩営牧が置かれ、工藤家記(青森県史)によれば、寛永一五年(一六三八)に「竹森六之亟森山内蔵之助之被仰付津軽坂御牧場被差立候南部牧司倉内兵部弟図書と申者御呼越有三百石の御約束と云尤南部領倉内八牧の上名所故同所の仕込方被仰付候也」とある。四代藩主津軽信政の時代にはこのほかに四牧を加え、牧司・牧頭などの役人を置いて経営にあたらせた。津軽坂の牧からは天和三年(一六八三)名馬飛竜を出し、将軍召馬に供された(弘前市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む