浄法寺街道(読み)じようぼうじかいどう

日本歴史地名大系 「浄法寺街道」の解説

浄法寺街道
じようぼうじかいどう

奥州街道の福岡(ふくおか)から石切所(いしきりどころ)・似鳥(にたどり)・安比(あつぴ)・沢口(さわぐち)(以上現二戸市)、漆沢(うるしざわ)・浄法寺・駒(こま)ヶ嶺(みね)(現浄法寺町)、浅沢(あさざわ)(中佐井)・五日市(いつかいち)を経て曲田(まがた)(以上現安代町)で鹿角(かづの)街道と合する道。福岡と陸奥鹿角を結ぶ道で、鹿角街道・福岡街道ともよばれた。福岡の五日(いつか)町で奥州街道から分岐し、「北奥路程記」に「福岡五日町より西方江行道あり、爰は浄法寺街道にて馬淵川土橋渡り」と記される。天明五年(一七八五)九月四日、菅江真澄は鹿角から梨(なし)の木(き)峠(現安代町)を越え、「牛馬のゆきかひしげう、路は田の中のごとにぬかり、はぎふかうさし入て行なやめば、日たかう曲田といふ邑に宿」をとった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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