浄言寺町(読み)じようごんじちよう

日本歴史地名大系 「浄言寺町」の解説

浄言寺町
じようごんじちよう

[現在地名]奈良市西木辻にしきつじ

鳴川なるかわ町の西に所在。木辻村のうちに発達した町で、「奈良曝」に「木辻組のうち。此町ニ上屋壱軒有。綿町の北の丁。いにしへ浄言寺といひし寺のあとなり」とある。「奈良坊目拙解」によれば、興福寺領と幕府領の境界にあたり、享保一〇年(一七二五)町の南門修復の際「弘治二年正中七日実禅房 浄言寺云々」の銘をもつ石塔婆が現れた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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