浅岐村(読み)あさまたむら

日本歴史地名大系 「浅岐村」の解説

浅岐村
あさまたむら

[現在地名]三島町浅岐

大谷おおたに村の南二七町に位置し、銀山ぎんざん街道に沿い、村の中央を大谷川が北流し、支流入山沢いりやまさわ川が合する。大谷川の氾濫原に営まれるが四方に屹立した山塊が並ぶ。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に「朝又 八十三石七斗八升 蒲又左衛門尉」とあり、慶長二年(一五九七)の宮下桑原山論扱証文(河越家文書)には「あさまた村」とある。享保一七年(一七三二)の大谷組御手鑑(角田家文書)には高八一石余、免三ツ七分、家数三八、竈四〇(名主仮役一・組頭一・百姓三五・水呑三)、人数一六八(男九五・女七三)、馬二・牛一とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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