日本歴史地名大系 「浅舞村」の解説
浅舞村
あさまいむら
[現在地名]平鹿町浅舞
東は
「梅津政景日記」元和四年(一六一八)四月一日条に、帰国する藩主を政景らが浅舞に迎えている。羽州街道からやや西へそれ、藩主が鷹狩に度々使用し、元和七年二月一五日条に「大曲より屋形様今日朝舞へ御出之由」とある。
享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」に枝郷として
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東は
「梅津政景日記」元和四年(一六一八)四月一日条に、帰国する藩主を政景らが浅舞に迎えている。羽州街道からやや西へそれ、藩主が鷹狩に度々使用し、元和七年二月一五日条に「大曲より屋形様今日朝舞へ御出之由」とある。
享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」に枝郷として
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...