浅草御蔵前片町代地(読み)あさくさおくらまえかたまちだいち

日本歴史地名大系 「浅草御蔵前片町代地」の解説

浅草御蔵前片町代地
あさくさおくらまえかたまちだいち

[現在地名]台東区柳橋(やなぎばし)一丁目

浅草森田(あさくさもりた)町代地の東にあり、南は浅草下平右衛門(あさくさしもへいえもん)町、東は同町と大川(隅田川)、北西は浅草旅籠(あさくさはたご)町一丁目代地、北は浅草旅籠町二丁目代地。享保三年(一七一八)の火事で浅草御蔵前片町が類焼し、翌年同町のうち表の一二間が収公されて豊後杵築藩松平氏上屋敷跡地および甲斐甲府藩柳沢(松平)氏中屋敷跡地に代地が給された(文政町方書上・沿革図書)。文化九年(一八一二)大川河岸の一部を合併して町域を広げ(沿革図書)、文政八年(一八二五)には南側は田舎間二三間四尺六寸三分、北側は同一八間二尺、西側は同三一間三尺、東側は同三三間の規模となり、家数七八(うち明店七)。本丸奥医師栗本瑞見・本丸奥眼医師土生玄碩・書院番山崎主水・役者一曾又六郎の拝領屋敷があり、うち二ヵ所は元地以来の拝領屋敷であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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