浅野谷村(読み)あさのたにむら

日本歴史地名大系 「浅野谷村」の解説

浅野谷村
あさのたにむら

[現在地名]津幡町浅谷(あさんたに)

津幡川支流の浅谷(あさのたに)川上流左岸に位置。北は下流の井野河内(いのかわち)村・明神谷内(みようじんやち)村。浅ノ谷・浅谷とも記す。中世は井家(いのいえ)庄の内。天文一〇年(一五四一)四月五日の井家庄本所方神事銭請取案(藤岡氏所蔵文書)の宛所に「大田山あさの谷番頭」とあり、一七四文を納めている。ほかに同番頭宛の同年六月八日付の禅頭銭一七四文、同年九月一日付の神事銭一七三文の請取案(同文書)があって計五二一文となり、同年「大田山分」として納入された一貫四六〇文余のうち最高額である。正保郷帳では高二四一石余、田方九町余・畑方七町余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高三五六石、免五ツ一歩、小物成は山役二一三匁・蝋役二匁・綿役一匁(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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