浅間山一号墳(読み)せんげんやまいちごうふん

日本歴史地名大系 「浅間山一号墳」の解説

浅間山一号墳
せんげんやまいちごうふん

[現在地名]睦沢町下之郷 根崎

一宮(いちのみや)川の支流埴生(はぶ)川の南岸台地上縁辺に所在した浅間山古墳群(円墳四基)中の一基で、支谷を挟んで能満寺(のうまんじ)古墳の対岸に位置する。直径二六メートルの円墳で、昭和四八年(一九七三)の宅地造成に先立つ調査で埋葬施設(木棺粘土床)から製獣形鏡・金銅製胡金具・直刀・鉄剣・鉄鏃・金銅製三輪玉・有孔円板・環状鉄製品・具が出土、墳丘から土師器高坏(和泉式)が検出され、五世紀後葉の築造と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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