浜中ヶ里村(読み)はまじゆうがりむら

日本歴史地名大系 「浜中ヶ里村」の解説

浜中ヶ里村
はまじゆうがりむら

[現在地名]芦刈町大字浜枝川(はまえだがわ)字浜中

現芦刈町の北部平坦地で、南北朝時代に集落が発生したと考えられている。正保絵図に村名がみえる。嘉永六年(一八五三)写の大小配分石高帳では地米(年貢)高四三二石四斗七升七合とあるが、これは小城藩領の分で、このほか神代(くましろ)鍋島家の配分地があり、地米高七三六石九斗八升四合となっている。

村内に沖(おき)神社がある。祭神は、大綿津見神・大鷯尊・淀姫命・菅原道真の四柱である。勧請年月は不詳であるが、天正年間(一五七三―九二)以前ではないかとされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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