浜杉山村(読み)はますぎやまむら

日本歴史地名大系 「浜杉山村」の解説

浜杉山村
はますぎやまむら

[現在地名]仁賀保町院内いんない 杉山

冬師とうし山の西、大沢おおさわ川中流域の低地に位置し、北に平沢ひらさわ村・むろさわ村、東に院内村、南に田抓たつかみ村、西に黒川くろかわ(現金浦町)がある。

由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)に仁賀保郷の一村として「杉山村」とあり、天保郷帳には、「古者 浜杉山村 新屋敷村 弐ケ村」とある。

支配の変遷は長磯ながいそ村と同様で、寛永元年(一六二四)仁賀保家の分知以来、内記誠次(千石家)領。

浜杉山村は古くは浜松山村と称したという(出羽国七郡絵図)。元和九年(一六二三)仁賀保氏の入部時には浜杉山村を称し、高一三一石二斗三升六合(「仁賀保総高改」渡辺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む