浜町堀(読み)はまちようぼり

日本歴史地名大系 「浜町堀」の解説

浜町堀
はまちようぼり

神田堀のうち下流の馬喰(ばくろ)町から浜町辺りまでを称し(御府内備考)、橋本(はしもと)町一丁目(現千代田区)・馬喰町一丁目と亀井(かめい)町の間付近で南に折れ、南下して浜町で大川(隅田川)へ通じる入堀。寛永江戸図には河口から汐見(しおみ)橋付近までの入堀が描かれるが、元禄四年(一六九一)神田堀開削の際にこの入堀を馬喰町の北まで延長して神田堀に合流させた(沿革図書)。新たに開削された部分はそれまでは広小路で、町人の願いにより川幅八間に掘立て、橋一二ヵ所を架渡し、川筋通りは二間半の蔵地にした(「寛保沽券図」中央区京橋図書館蔵)。堀筋には東緑(ひがしみどり)河岸・西緑河岸・竹(たけ)河岸・浜町河岸があり、緑橋・千鳥(ちどり)橋・高砂(たかさご)橋・川口(かわぐち)橋などが架かっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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