浜益神社(読み)はまますじんじや

日本歴史地名大系 「浜益神社」の解説

浜益神社
はまますじんじや

[現在地名]浜益郡浜益村大字浜益村

石狩湾を望む山腹に鎮座する。祭神は保食神、旧郷社。古くは稲荷神社と称し、一八三一年(天保二年)モイハママシケ場所の場所請負人伊達林右衛門によって建立されたという(浜益村史)。板本「西蝦夷日誌」に「稲荷社有」とみえるものか。「石狩国地誌提要」は一八四三年の創建とする。明治八年(一八七五)郷社となり浜益神社と改称

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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