石狩支庁(読み)イシカリシチョウ

日本歴史地名大系 「石狩支庁」の解説

石狩支庁
いしかりしちよう

面積:二四一八・七二平方キロ(境界未定)
千歳(ちとせ)市・恵庭(えにわ)市・北広島(きたひろしま)市・江別(えべつ)市・石狩(いしかり)市、厚田(あつた)郡厚田(あつた)村、石狩(いしかり)郡当別(とうべつ)町・新篠津(しんしのつ)村、浜益(はまます)郡浜益(はまます)村

現在、行政上は政令指定都市である札幌市も当支庁の管轄下に含まれ、同市を含む管内の面積は三五三九・八四平方キロである。札幌市を除いた管内は道央の西部に位置し、北は留萌支庁、東は空知支庁、南は胆振支庁に接し、西は北部で日本海に面し、南部は後志支庁および札幌市に接する。中央部を石狩川が西流し、流域に広大な石狩平野が形成される。北部・南部はともに深い山岳地帯で、道都である札幌市街(札幌区・札幌市)を中心として開けていった地域である。当支庁の前身は札幌支庁で、同支庁は明治三〇年(一八九七)一一月に札幌区役所および札幌外四郡郡役所を廃止して設置された。支庁舎は現在の中央区大通(おおどおり)西三丁目に設置されたが、同四〇年に焼失し同四一年に現在の中央区北二条西(きたにじようにし)五丁目に新築・移転した。当初は上記の五郡および札幌区(札幌市街)を管轄したが、同三二年一〇月に札幌区が北海道区制を施行して分離。同三八年の札幌支庁は一町(石狩町)と二六村を管轄し、戸口は一万五千一二四戸・八万七千八四人で(道戸口表)、面積は二三〇方里であった。耕地は田が四千六九〇町歩、畑が四万一千九一町歩の計四万五千七八一町歩であった(同年「道庁統計書」)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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