浦ノ城跡(読み)うらのじようあと

日本歴史地名大系 「浦ノ城跡」の解説

浦ノ城跡
うらのじようあと

[現在地名]太宰府市連歌屋二丁目

四王寺(しおうじ)山地の南東裾にあった南北朝時代の山城。「続風土記拾遺」には浦古城とあり、「天慶年中藤原純友四国を落て大宰府を侵寇せし時籠りし城址也といふ」とするが、史料上は少弐氏の居城としてみえる。文和元年(一三五二)一二月一日から同二年二月一日、鎮西管領一色道猷は当時宮方に属していた少弐頼尚を大宰府の「浦城」に攻めたが、菊池氏が少弐氏救援に出陣したため攻略できなかった(文和二年三月日「西郷有政軍忠状写」西郷文書/南北朝遺文(九州編)三、「太平記」巻三三)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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