海原村(読み)かいわらむら

日本歴史地名大系 「海原村」の解説

海原村
かいわらむら

[現在地名]大分市海原など

小中島おなかしま川と乙津おとづ川に挟まれた地域の同川沿いに位置し、北は海、東は三佐みさ村。参宮帳写(後藤作四郎文書)によれば、天正一七年(一五八九)七月二一日「高田かいわら村」の「若杉かけゆ」らが伊勢神宮に参詣している。当初幕府領であったが、元和九年(一六二三)岡藩領萩原はぎわら村が松平忠直(一伯)領となった際、替地として同藩領となり(中川氏年譜)、以後岡藩の数少ない海に開けた領地として明治に至る。当初は大分郡内岡藩領五ヵ村で一組という村組であったが(地方温故集)、のちには相給地葛木かつらぎ村とともに海原組となった(農民一揆)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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