海尻城跡(読み)うみじりじようあと

日本歴史地名大系 「海尻城跡」の解説

海尻城跡
うみじりじようあと

[現在地名]南牧村海尻

国道一四一号の海尻区の西側の丘陵にある。大月おおづき川を北面の要害とし、東に千曲川の流れを控えた八ヶ岳山麓の舌状台地に立地。南面は平坦に開け、西側には防御の幾条かの空堀をめぐらしている。規模は小さいが海ノ口城とともに、南の甲州勢に備えた関門

千曲之真砂」は戦国期のものといわれる海尻古城図を載せる。また、「往昔前山城主伴野の幕下井出長門守の築きしものなりという」(南佐久郡志)と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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