海路村(読み)かいじむら

日本歴史地名大系 「海路村」の解説

海路村
かいじむら

[現在地名]芦北町海路 瀬平せのひら

平谷ひらたに川が球磨川に流入する地点に集落があり、球磨川上流は上蔀うわしとみ村、下流高田辺こうだべ村。現在小字の海路は集落から球磨川沿いに約七〇〇メートル下った所にあり、鳥居叢祠が祀られているので、もとの集落があった所とも考えられる。寛永一六年(一六三九)の葦北郡地侍御知行割帳(徳富文書)に村名がある。田浦手永に属した。当村は上原うわばる村越えで田浦たのうら(現田浦町)、または二見ふたみ(現八代市)の海へ出る道の起点で、陸口番所が置かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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