海部堀川(読み)かいふぼりがわ

日本歴史地名大系 「海部堀川」の解説

海部堀川
かいふぼりがわ

寛永元年(一六二四)うつぼ三町(新天満町・新靭町・海部堀町)の塩干魚商人たちが、荷揚げの便をよくするため開削した堀川で(大阪市史)、名称は開発に功績のあった商人の屋号海部屋に由来するという。両岸一帯の地域を海部堀とよぶ。海部町の東端阿波堀あわぼり川から直角に北へ分流し、海部堀川町の東端で直角に西に屈曲、ほぼ西流して京町堀きようまちぼり川と合流し、百間堀ひやつけんぼり川に注いでいた。昭和二六年(一九五一)埋立てられて姿を消したが、かつての流路は現在の靭本うつぼほん町二―三丁目に含まれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む