淡海槐堂(読み)おうみ かいどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「淡海槐堂」の解説

淡海槐堂 おうみ-かいどう

1823*-1879 幕末尊攘(そんじょう)運動家。
文政5年12月1日生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)の儒者下坂篁斎の子。京都の醍醐(だいご)家につかえ,板倉を名のる。私塾文武館をひらき,坂本竜馬らとまじわる。天誅(てんちゅう)組の挙兵の際,武器などを援助したため元治(げんじ)元年幕吏に捕らえられたが,のちゆるされ淡海と改姓した。明治12年6月19日死去。58歳。名は緝。字(あざな)は敬夫。通称は重涂。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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