淡野須村(読み)あわのすむら

日本歴史地名大系 「淡野須村」の解説

淡野須村
あわのすむら

[現在地名]葛飾区立石(たていし)五―六丁目・同八丁目・青戸(あおと)一―三丁目・四つ木(よつぎ)五丁目

立石村の北に位置し、東は中川を隔て新宿(にいじゆく)町の新田、北は青戸村。淡之須・淡ノ須とも記された(元禄郷帳など)。もとは立石村のうち(風土記稿)。元禄郷帳に村名がみえ、高八五石余。当地にあった天台宗大泉(だいせん)寺(のちの深川覚樹王院)は、宝暦三年(一七五三)湯島に移った(寺社備考)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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