深川八幡旅所門前(読み)ふかがわはちまんたびしよもんぜん

日本歴史地名大系 「深川八幡旅所門前」の解説

深川八幡旅所門前
ふかがわはちまんたびしよもんぜん

[現在地名]江東区新大橋しんおおはし二丁目

大川(隅田川)東岸にある門前町屋八幡旅所はちまんたびしよ門前とも称した。北は本所八郎兵衛ほんじよはちろべえ屋敷(現墨田区)、西は幕府御船蔵、南は御船蔵前おふなぐらまえ町、東は富岡とみおか八幡宮旅所社地。文政町方書上によれば、寛文二年(一六六二)六月当地を富岡八幡宮別当永代えいたい寺が旅所として拝領し、本社・拝殿・絵馬所などの堂宇が造営されたが、正徳三年(一七一三)一二月、享保一七年(一七三二)三月に類焼し、仮本社と表門・左右仮番所ばかりになってしまい、宮守も住んでいない有様だったので、堂宇再建と防犯のために宝暦九年(一七五九)長屋の建設を願出て認められ、町屋となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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